Remains Aki Miyajima

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廃色の都
 端島1
長崎港から高速船で40分、軍艦島(端島)へ。

言わずと知れた絶海の廃墟島。
明治、大正、昭和と石炭を採掘し、
日本近代建築の礎となった人工都市でありながら、
1974年に端島炭鉱の閉山と共に無人島に。
まるごと人に棄てられて、風波にさらされ滅びゆく島も、
近年は堤防などが補修され、観光用の見学路も整備され、
廃墟から産業遺産へと生まれ変わりつつあります。

私が軍艦島を知ったのは1993年の写真集。
モノクロームのリメインズされた世界に魅了されました。
あれからさらに年月の経過した世界に、ついに上陸。

端島2

鉱業所の遺構はそのほとんどが崩壊していました。
破壊されたコンクリート瓦礫の続く光景は凄まじい。
日本のエネルギー産業を支えた栄光の歴史だけでなく、
戦中には強制労働で連行され、故郷に帰れないまま
この島で亡くなった方も多かったのだそう。

端島3

奥に見える7階建てが、有名な大正5年築の
日本最古の鉄筋コンクリート高層アパート。
ガイドさんが昔このアパートに住んでいた!
というお話をされて驚きました。

上陸しても入れるのは見学路だけで
ここから先の島内の立ち入りは禁じられています。
高層住宅密集側は帰りの船で周って見学。
波がとても高く、激しい揺れと波飛沫ざばざばの船上、
根性でデッキ席から撮影。寒い!!!
海の激しさも体感して、島の洗礼を受けた気持ち。

端島4

冬のはじまりを予感させる重い雲が晴れた空の下、
遠ざかっていく廃色の都に、感動。
| aki-remains | 00:41 | リメインズ紀行 |
平和の祈り
 平和祈念像
先週、初めて長崎に行きました。
目的は軍艦島ですが、まずはずっと行かなくては
ならないと思っていた平和公園に向かいました。

公園を進むと放射状の建物基礎の跡が。
これは刑務所!形ですぐに気づきました。
旧長崎刑務所浦上刑務支所の遺構と説明有り。
原爆投下時、もっとも爆心地に近い建物で、
職員と収容者は全員亡くなられたそうです。

浦上刑務支所

原爆前の建物配置図もありました。
小菅と同じでだいたいの刑務所の構造は
このXウイング(私の呼び方)が多いのです。

平和祈念像に祈祷してから長崎原爆資料館へ。
原爆のことはこれまで何度も学んできましたが、
実際に現地に来てみないとわからない事や
感じられない事はたくさんあると思いました。

浦上天主堂で被爆マリア像と対面、
原爆で吹き飛ばされた鐘楼の遺構を見学。
鐘楼はほぼ被爆時のまま保存されています。

路面電車で港に移動、いざ軍艦島へ!
続きは次回。
| aki-remains | 00:21 | リメインズ紀行 |
眠れる巨櫓
 志免竪坑櫓
夏目漱石の「坑夫」を読んで以来、
日本のどこかの銅山跡か、
炭鉱跡が見たいと思っていました。

連休中に博多に行く用事ができたので

台風が接近する不穏な空の下、

福岡の志免(しめ)鉱業所跡を訪れました。


バスを降りて、雨の中を歩き出すと

突如、街中に空を突く巨大な櫓が出現。

その圧倒的造形美に息を呑みました。


この巨塔は竪坑櫓(たてこうやぐら)といって、

地下600Mから石炭や坑員を昇降させるための

機械を組み込んだ巨大なエレベーターでした。

昭和18年竣工、戦時中に作られた

高さ47.6Mの鉄筋コンクリート造、猪俣昇氏設計。

海軍の燃料などの軍事目的だった炭田は戦後、

日本国有鉄道志免鉱業所となり鉄道燃料を採掘、

昭和39年の閉山とともに竪坑も稼働停止。

竪坑櫓は国の重要文化財に指定されており、

周辺には斜坑口やボタ山の遺跡も見られます。


日本の近代化には重要だったエネルギー産業。

日本に残る他の炭鉱・鉱山跡も今後訪ねたいです。


今回の博多へは往復とも新幹線を選択、

名古屋と新神戸に立ち寄る強行移動でした。

車窓から気になる建築物や工場をチェック。

帝都だけでなく全国のリメインズ探求も始めます。

| aki-remains | 02:35 | リメインズ紀行 |